ストーリー・沿革
サマリ
橋梁・鋼構造の総合エンジニアリング企業。設計・製作・施工・保全まで一貫対応し、長大橋や高難度更新でリーダーシップを発揮。千葉工場の大生産力、特殊架設機材、協力会社ネットワーク、田中賞の多数受賞が強み。大空間建築・沿岸構造・FRPにも展開し、社会インフラを支える技術と現場力で成長を続ける。
過去
現在
未来
目指す経営指標
・2027年3月期:1株当たり配当97.5円維持方針
・中計期間(2022~2026年度):成長投資180~200億円
・配当政策:総還元性向60%目安(継続方針)
・毎年度:死亡災害0件、重大品質事故0件
・2025年度末:工事竣工図書のデジタル化100%達成
トップメッセージの要約
人材育成
サステナビリティ経営
宮栄会(協力会社連携)
国民の安心と安全
用語解説
協力会社が主体となって結成された組織で、安全・品質の向上やサステナビリティ推進を共有し、当社グループと「共に歩み、共に成長する」ためのパートナー基盤を担います。幹事会を中心に活動方針を決め、教育や対話の場としても機能します。
■FRP舗装覆工板
高速道路の床版取替で昼間の交通解放を早める目的で開発した、軽量なガラス繊維強化プラスチック(FRP)製の舗装覆工板です。仮舗装や当夜施工を減らし、作業時間短縮と施工の合理化に寄与します。
■HDループ継手(縦目地対応)
プレキャストPC床版の縦目地に対応するループ鉄筋用の継手構造で、鉄筋に挿入しボルトで固定して接合部を確実に締結することを狙った新技術です。
■3D輸送検討システム
橋梁ブロックの輸送計画を効率化する社内ツールで、3Dモデルから寸法を自動取得し、勾配や回転を考慮した寸法算出、重心表示、CAD連携用の3Dソリッド出力まで一括で行います。輸送計画の精度と省力化を高めます。
■オーバー・ザ・ブリッジ工法
既設橋の撤去と新設橋の架設に適用された世界初の工事工法として紹介される手法で、同社参画プロジェクトにおいて高く評価されました。
■桁内除湿のAI制御(桁内除湿システム)
桁内の防錆目的で除湿機を運転する際、費用と防錆効果の最適化を図るためにAI制御を導入したシステムです。数理モデルと流体解析の整合を確認し、桁内湿度分布を速やかに最適化できることを検証しています。
■田中賞
土木学会が橋梁・構造工学の優れた業績に贈る学会賞で、同社グループは受賞実績を有します。橋梁分野の権威ある表彰として、技術力と施工力が第三者から認められた証しです。
■MEG最適志向
グループ各社(MEC、MMBなど)の独自の強みを最大限に活かしつつ、全体としての最適化を図るという経営の考え方で、成長ドライバーの一つとして位置づけられています。
沿革
2【沿革】
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(宮地エンジニアリンググループ株式会社) |
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2003年5月 |
株式会社宮地鐵工所及び宮地建設工業株式会社(2011年3月宮地エンジニアリング株式会社と改称)(以下「両社」という)は、株式移転による完全親会社設立に関する主要事項について合意し、共同株式移転契約を締結 |
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2003年6月 |
両社の定時株主総会において、株式移転により宮地エンジニアリンググループ株式会社を設立し、両社がその完全子会社となることについて承認決議 |
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2003年9月 |
両社が株式移転により宮地エンジニアリンググループ株式会社を東京都中央区に設立 |
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2011年2月 |
宮地建設株式会社を東京都中央区に設立(2018年1月宮地エンジニアリング株式会社と合併し消滅) |
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2011年3月 |
宮地技工株式会社(2015年7月株式会社エム・ジー・コーポレーションと改称・現 非連結子会社)の全株式を株式会社宮地鐵工所から譲受 |
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2015年4月 |
エム・エム ブリッジ株式会社(2015年4月三菱重工鉄構エンジニアリング株式会社から改称・現 連結子会社)の株式の51%を三菱重工業株式会社から取得 |
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2022年4月 |
株式会社東京証券取引所の市場区分の見直しにより、市場第一部からプライム市場に移行 |
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(旧株式会社宮地鐵工所) |
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1908年9月 |
宮地栄治郎個人経営で東京市本所区南二葉町に創業 |
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1919年1月 |
東京府南葛飾郡大島町に大島工場を新設し、翌年より橋梁架設工事を開始 |
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1923年10月 |
関東大震災を機に合資会社宮地鐵工所に改組、資本金5万円 |
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1931年1月 |
本社並びに工場を城東区南砂町に新設 |
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1938年4月 |
合資会社を株式会社宮地鐵工所に改組、資本金50万円 |
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1945年3月 |
東京大空襲により工場が全焼、海軍艦政本部要請により長野県波田村に一部工場を移転し波田工場(松本工場)を開設(2014年12月完全操業停止) |
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1949年3月 |
宮地建設工業株式会社を創設し、土木部門を分離 |
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1958年8月 |
大阪営業所、名古屋営業所、札幌営業所開設 |
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1958年10月 |
株式を東京証券市場に店頭公開 |
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1959年5月 |
福岡営業所開設 |
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1961年10月 |
株式を東京証券取引所市場第二部に上場 |
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1962年8月 |
株式を東京証券取引所市場第一部に上場(2003年9月上場廃止) |
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1972年8月 |
沖縄営業所開設 |
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1978年6月 |
仙台営業所開設 |
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1983年10月 |
本社を東京都中央区に移転、工場を臨海橋梁工場として千葉工場(市原市)に移転し全面操業開始、東京工場(砂町)を閉鎖 |
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1990年6月 |
千葉県市原市に株式会社ひまわりを設立(1993年6月宮地技工株式会社と改称) |
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1994年10月 |
広島営業所開設 |
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1998年10月 |
千葉県市原市に株式会社エム・アイ・シーを設立(2015年7月宮地技工株式会社・現 株式会社エム・ジー・コーポレーションと合併し消滅) |
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2011年3月 |
宮地技工株式会社の株式を宮地エンジニアリンググループ株式会社へすべて譲渡 |
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2011年3月 |
宮地建設工業株式会社と合併し消滅 |
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(宮地エンジニアリング株式会社(旧宮地建設工業株式会社)) |
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1949年3月 |
株式会社宮地鐵工所の土木部門が分離独立して、東京都中央区に設立 |
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1949年10月 |
建設業法制定により建設大臣登録 |
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1950年11月 |
本社を東京都文京区に移転 |
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1963年4月 |
栗橋倉庫開設(現 栗橋機材センター) |
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1963年7月 |
大阪出張所開設(現 関西支社) |
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1964年2月 |
株式を東京証券取引所市場第二部に上場(2003年9月上場廃止) |
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1974年3月 |
建設業法による特定建設業の許可 |
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1977年1月 |
本社を東京都江東区に移転 |
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1983年7月 |
本社を東京都豊島区に移転 |
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1989年8月 |
株式会社成和建設の株式を取得(1991年1月エム・ケイ・エンジ株式会社と改称・現 非連結子会社) |
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1991年8月 |
九州事業所開設(現 福岡営業所) |
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1995年11月 |
株式会社宮地鐵工所との共同出資により株式会社宮地総合メンテナンスを東京都千代田区に設立 |
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2003年2月 |
株式会社宮地総合メンテナンスの株式を買い増しし、同社を完全子会社化 |
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2003年4月 |
株式会社宮地総合メンテナンスを吸収合併 |
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2003年10月 |
本社を東京都中央区に移転 |
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2004年9月 |
エム・ケイ・エンジ株式会社の株式を買い増しし、同社を完全子会社化 |
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2010年3月 |
エム・ケイ・ワークス株式会社を埼玉県北葛飾郡栗橋町に設立(現 非連結子会社) |
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2010年4月 |
名古屋営業所開設 |
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2011年3月 |
株式会社宮地鐵工所を吸収合併し、商号を宮地エンジニアリング株式会社に変更(現 連結子会社) |
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2015年1月 |
宮地エンジニアリング松本発電所を長野県松本市に新設し、発電を開始 |
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2018年1月 |
宮地建設株式会社を吸収合併 |
関係会社
4【関係会社の状況】
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名称 |
住所 |
資本金 (百万円) |
主要な事業の内容 |
議決権の所有割合 (%) |
関係内容 |
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(連結子会社) |
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宮地エンジニアリング㈱ |
東京都中央区 |
1,500 |
鋼構造物事業 |
100.0 |
経営指導 役員の兼任 有 |
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エム・エム ブリッジ㈱ |
広島県広島市 |
450 |
鋼構造物事業 |
51.0 |
経営指導 役員の兼任 有 |
(注)1.特定子会社に該当しております。
2.宮地エンジニアリング㈱については、売上高(連結会社相互間の内部売上高を除く。)の連結売上高に占める割合が10%を超えておりますが、セグメント情報において宮地エンジニアリングの売上高に占める当該連結子会社の売上高(セグメント間の内部売上高又は振替高を含む。)の割合が90%を超えているため、主要な損益情報等の記載を省略しております。
3.エム・エム ブリッジ㈱については、売上高(連結会社相互間の内部売上高を除く。)の連結売上高に占める割合が10%を超えておりますが、セグメント情報においてエム・エム ブリッジの売上高に占める当該連結子会社の売上高(セグメント間の内部売上高又は振替高を含む。)の割合が90%を超えているため、主要な損益情報等の記載を省略しております。